南相馬市の生産者

牧場の仕事を食育に生かす
小高区
株式会社相馬牧場|相馬秀一さん

南相馬市小高区の相馬牧場では、羊肉と牧草やトウモロコシなどの飼料作物の生産を行なっています。
震災を経て、酪農から現在の事業に切り替える中で、相馬さんが気づいたこととは?

のどかな牧場の風景

南相馬市小高区。のどかな一本道で車を走らせていると、木の看板が現れました。
「相馬牧場」の文字の横には、可愛らしい羊のイラストが描かれています。

看板の横を通って牧場内に入ると、大きな黒い犬と子犬が自由に走り回っていました。そして聞こえる「メ〜」という鳴き声。畜舎の中に入ると、柵の中には、大小さまざまな羊たちが身を寄せ合っていました。白い体毛に黒い顔と足が特徴の、サフォーク種といわれる羊です。

相馬牧場のご主人、相馬秀一さんの始業は朝6時頃。羊たちへの餌やりからはじまります。その餌は、相馬さんが自ら作っている牧草やトウモロコシです。

というのも、相馬牧場の主な事業は飼料作物の生産販売。牧草は7月と10月に2〜3度、トウモロコシは春から秋にかけて刈り取りが行われています。

「明るくなったら羊に餌をやって、暗くなったらその日の仕事は終わり。作業の合間には、柵や看板を作ったりもするかな。看板は、木を見つけて製板するところからやったんだよ。羊の絵も描いたしね。」

さらっと楽しそうに話す相馬さん。大変ながらものどかに見える牧場の風景ですが、震災当時は暗雲が立ち込め、暗い影を落としていました。

酪農家だからこそできること

東日本大震災以前は酪農を営んでいた相馬さん。牧場では、乳牛200頭を飼っていましたが、警戒区域の避難により、餓死と殺処分に追い込まれてしまいました。

「普段通りに電気も水道も通っていたので、まさか津波にやられていたなんて知らなかったね。地震後も数日の間は搾乳をしていたんだけど、集乳所も倒壊してしまって集められないということで、牛乳を処分してしまって。そうこうしているうちに段々と雲行きがあやしくなり、避難指示が出て……。何日かに一度、許可をもらって餌をやりに来ていたんだけど、そのうち餌屋さんが来られなくなり、うちの餌の在庫も尽きてしまったんだな。」

避難解除となって完全に帰宅したのは、平成25年のこと。除染作業が終わると、酪農は再開せず、飼料作物の生産拡大に舵を切りました。

「戻ってきた直後は、また牛を飼おうかなと思っていたんだけれど、震災で物流が止まってしまうと酪農業界は難しいことを実感して、これからは自分でまかなえるものを作ろうと思ったんだ。」

酪農をやっていなかったら飼料作物の生産販売はしていなかったかもしれないという相馬さん。

「稲作農家さんらが参入しても、どういうものが売れるかわからないかもしれない。酪農をやっていたから、良い餌かだめな餌かがわかる。まずい草があるのよ。人間は我慢して食うけど牛は我慢しないんだよね。『もっと美味い草食わせろ』って鳴くんだ(笑)。」

震災前の牧草の生産量は15ヘクタール、トウモロコシは8ヘクタールの規模でしたが、今現在、牧草は55ヘクタール、トウモロコシは36ヘクタールを超えています。今もなお、放射能の厳しい数値基準をクリアしています。

「飼料は放射能の数値基準がすごく厳しい。なぜなら、それを牛が食べて作る牛乳にダイレクトに数値が反映されるから。牛乳は子どもが飲むものでもあるから、数値が高いものは飲ませられないので。」

安全・安心に育てた羊肉を

牧草やトウモロコシなどの飼料生産が軌道に乗りはじめた頃、新たな悩みがきっかけとなり、羊を飼い始めたという相馬さん。

「生産量が増えるにつれて、ねずみにやられてしまったりして商品価値がない飼料が出てくるようになったんだけど、それらを処分してしまってはもったいない。動物を飼えば、食べてくれるかなと思ったのがきっかけだな。平成30年に羊を3頭迎え入れてから段々と増えていき、途中で新しく迎え入れたりもして、現在は90頭くらいに増えているよ。」

令和3年、相馬さんは羊肉の出荷をスタートしました。羊肉は、生後時期によって呼び名が分かれ、生後12カ月未満がラム、24カ月まではホゲット、24カ月以降がマトンと呼ばれています。卸先のメインは東京で、ホゲットは主にジンギスカン屋さんに卸されています。

「一頭買いをしてくれる卸先のお陰で、2週間かからないくらいで捌けてしまう。農協さんに委託して売るのではなく、うちのSNSを見て、ジンギスカン屋さんなどのお店が直接買い付けに来てくれる。技術の進歩もあって、美味しいと評価していただいています。」

商品にはならないとはいえ、相馬さんが自ら育て、安全性をしっかりと保証された飼料を食べている羊のお肉。近年の羊肉需要の高まりもあり、順調な滑り出しのようです。

作る過程を伝える大切さ

飼料と羊肉生産の二本柱に加え、相馬牧場でも最近力をいれているのは、福島県の事業でもある、ふくしま食育実践サポーターとしての活動です。南相馬市や浪江町の幼稚園などに出向くと、また来てほしいという声も多く、食育の要望が高まっていることを感じるそうです。

「幼稚園でするのは、主に牛乳の話。『牛乳は、牛の赤ちゃんのために作られるけれど、その余ったものを私たち人間がいただいているよ』と。食べものがどのように作られて食卓にあがるのか。その過程を子ども達に伝えていかなければいけない。震災を経て、これまではそういうことが少なすぎたなと思うようになったかな。」

生産する責任と、生産過程をわたしたち消費者に伝え、理解してもらう努力。時折、冗談を交じえながら朗らかに話す相馬さんですが、生産者としての信念が垣間見えました。

「消費する人あっての商売だから、野菜も肉も一緒。だって、口に入れるものを作るんだから。」

その他の
生産者情報見る