南相馬市の生産者

小高で農業をつづけていくために
小高区
株式会社飯崎生産組合|水谷隆さん

南相馬市小高区の「飯崎生産組合」では、米やたまねぎ、大豆などを生産しています。環境と時代に合わせて変えてきた農業について、代表の水谷隆さんに伺いました。

初夏はたまねぎ収穫シーズン

沿岸部に位置する南相馬市は、夏は涼しく、冬は温暖な気候。7月上旬に訪れた小高区の株式会社飯崎生産組合では、たまねぎの収穫シーズンを迎えていました。

「今年は6月に晴れた真夏日が続きましたが、7月に入って急に戻り梅雨のような天気になってしまって、たまねぎの乾燥が難しいですね。」そう教えてくれたのは、代表の水谷(みずがい)隆さん。

スーパーに並んでいるたまねぎの皮が茶色をしていて、触るとパラパラと剥がれたりするのは、たまねぎの貯蔵性を高めるために収穫後に乾燥させているから。

「たまねぎは、5月下旬から6月にかけて、一旦葉や根を切って畑で乾かします。その後、改めて土から掘り起こし、今度は施設の中で扇風機の風を当てて乾燥させてから出荷するんです。その時の条件によりますが、乾く時は3〜4日、条件が悪ければ一週間以上風を当てっぱなしの時もあります。葉っぱを切ったところが縮み、外皮や根が手でぽろっと取れるようになるのが目安です。」

飯崎生産組合で育てているのは、「もみじ3号」という大玉ができる品種。品種選びは土地や気候などの環境も考慮されますが、どこに出荷されるかも大きなポイント。

「うちのたまねぎは主に業務用として出荷しています。例えば、牛丼用に皮をむいてカットされて使われるような加工用たまねぎです。」

実は、飯崎生産組合のたまねぎを外食店などで、口にしていることがあるかもしれません。

雲を掴むような営農再開

飯崎生産組合では、たまねぎのほかに、飼料米や大豆などを生産しています。その中でも大豆の生産は、震災後に農業を再開しようと一早く作った作物でした。

「原発の20km圏内の小高区は、ようやく周りの環境が整ってきたばかりです。避難解除後に戻ってきてからもしばらく水路が直らなかったので、田んぼに水も引けない状態。農業を再開するなんて雲を掴むような話でした。

そんな中で作った大豆は、営農再開の一つの手段です。大豆は放射性物質の吸収が多い作物といわれているので、作ってみて線量の数値が大丈夫であれば、他の作物を作っても大丈夫だという目安になる。実際、線量も基準値を下回る値だったので再開にこぎつけました。」

元々震災前は、和梨や大根をつくる専業農家だった水谷さん。放射性物質に対しての無知や不安から、梨の木をはじめ、農機具などある程度のものはすべて廃棄したそう。

「以前は、梨の実一つひとつに手をかけていた農業が、今は大きなトラクターやコンバインを使う土地利用型の農業です。震災前にやっていた農業と今の農業は違うものになってしまいました。」

長年積み上げてきた農業への複雑な想いを抱えながらも、原発事故に負けたくない。地域に人が戻ってくるために、田畑を荒らしておくわけにはいかない。そんな想いの中で決意を新たにした水谷さん。

「元あった原風景を一旦取り戻そう。秋に稲穂が黄金色に染まった風景をもう一回取り戻してやるべ、と。それがようやく達成できてきました。」

スマート農業、そしてこれから

今や、農作業の手段として切り離せないスマート農業技術。震災前に比べ、スマート農業に必要な機器やシステムが安い価格になっているほか、南相馬市としても、農業用機械の自動操舵に必要となるGNSS基地局を建て、スマート農業を導入しやすい体制を作っています。

水谷さんにとってその第一印象は、「何じゃそれ?」だったと笑います。

「ITの力で熟練者でなくても熟練者並みの仕事ができるということで、2020年に導入しました。実際、やっぱり楽なんですよね。
例えば、トラクターの自動操舵装置。トラクターに装備すると田畑を自動で直進してくれるのですが、作業後の疲れが今までと違うぞという感覚がありました。自分で運転すると、前を見つつ、後ろの作業状態も見なければならないのでまっすぐ走るだけでも結構疲れるんです。自動運転だとオペレーターの心理的疲労感が和らぎ、これはいいもんだ、と(笑)。」

スマート農業の良さを実感しながらも、人力に代えられないところは何かを尋ねると、水谷さんはこう答えてくれました。

「スマート農業は手段です。例えば、作物の病気の出方について、こういう気候条件の時に発生しやすいですよというデータベースを参考にすることはできます。でも、データベースで病気の出る傾向がわかった後、何をどのタイミングで対策するかは、知識と経験、天気など、総合的な人の判断が必要です。そして、そのデータベースも今のところ人が作っています。

将来の天気や環境など、その時にならないと分からない中で判断しなければなりませんが、作物の収量と品質をクリアするために、悩みながらやっています。」

今、5名のスタッフで運営している飯崎生産組合ですが、今後は若い担い手を入れていきたいという水谷さん。

「新しい担い手が、新たにこんな品目をやってみたいというものがあれば取り入れてみてもいいのかなと思います。目が届く範囲で、事業を継承し経営が成り立っていくように考えていきたいです。」

農業への実直な姿勢が話す言葉にも表れている水谷さん。震災という抗えない出来事を受け止め、できることを粛々と続けながら、これからも環境と時代に合わせた農業を小高で受け継いでいってくださるでしょう。

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