南相馬市原町区にある「伊賀いちご園」は、福島県のオリジナル品種の「ふくはる香」をはじめとしたいちごや野菜を栽培しています。
農薬を極限まで抑え、「環境制御栽培」に取り組む伊賀良真さんにお話を伺いました。
南相馬市ICから車で約5分。のどかな田園風景の中にある「伊賀いちご園」では、全部で8棟のハウスで3種類のいちごを栽培しています。
いちごは12月から5月が収穫シーズン。訪れた3月下旬はシーズン真っ只中で、ハウスに入った途端にほんのり優しいいちごの香りが漂い、高く盛られた畝では実が赤々と熟していました。伊賀さんは、育てている3品種のもぎたていちごを特別にふるまってくれました。
いただいたのは、福島県のオリジナル品種「ふくはる香」、日本で最も多く栽培されている「とちおとめ」、スリムな形と実の柔らかさが特徴の「章姫(あきひめ)」の3種類。
ふくはる香は均整のとれた形が美しく、甘味・酸味のバランスが絶品で、香りの余韻が楽しめます。とちおとめは甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がり、これぞいちごの代表格というお味。章姫は上品な甘味と優しい風味がありました。
「ふくはる香、とちおとめ、章姫それぞれ味の特徴が違うので、3品種食べるといちごのフルコースになるんです。」と伊賀さん。
まるで逸品料理のようないちごを育てるまでに、どんな歩みがあったのでしょうか。
今から約30年前、伊賀さんが中学生の頃、兼業農家だったご両親が「いちごを作りたい」と専業農家に。伊賀さんご自身は、農家の長男としていずれは継ぐのかなと思いながらも、まだ漠然とした気持ちでいたといいます。
大学卒業後、伊賀さんが北海道の牧場に就職するや否や、お祖父様が体調を崩されたことをきっかけに、実家の農業を手伝うことに。
手伝い始めて5年目、いちごの栽培を任された伊賀さんは、「無農薬のいちごを作る!」と宣言。元々ご両親も農薬をあまり使わずに作っていたそうですが、栽培の理屈を聞きながら自己流で栽培したところ、虫と病気に一気にやられてしまい惨敗。そこから、伊賀さんの研究がはじまりました。
いちごの栽培は、他の作物と比べ、使用する農薬の種類が多い作物。無農薬は難しく、減農薬での栽培も虫と病気との闘いです。
虫には、デンプンを溶いたものや椿油などをまいて窒息させる方法で対策していました。通常の農薬は使ううちに抵抗性のついた虫が生まれてしまうため、使える回数が決まっていますが、この方法では抵抗性のある虫ができず、同じものを使い続けられるメリットがあります。もちろん、農薬ではないため、乾けばそのまま食べても害はありません。
しかし、表面にまく方法では、アザミウマという花の中に潜る虫には効果がありません。現在は、害虫を食べてくれるダニを導入することで対策していますが、これにより窒息させる方法が使えなくなってしまったため、以前より農薬を使用しているそうですが、それでも伊賀さんは安心して食べられるいちごを目指し続けています。
「農薬ゼロにはできませんが、残留農薬を限りなくゼロに近づけることは実現しました。たまたまなのですが、いちごを健康にするためにまいた肥料の中に農薬成分を分解させるものがあり、それが効果を発揮していて、洗わなくても安心して召し上がっていただけます。」
伊賀さんのつくるいちごの他とは違う特徴は?と尋ねると、間髪入れずに「旨みがあること」と返ってきました。
「いちごの一般的な味の感想は、甘い・酸っぱい・水っぽいのどれかが多いと思います。いちごを食べて旨みがあるという表現は使わないと思うんです。うちでは、ラーメン屋さん並みにダシが出るように作っています。」
旨みの決め手は、伊賀さんが長年かけて試行錯誤を繰り返す、オリジナルブレンドの肥料にあります。肥料は、魚、動物の骨、海藻などを煮出した肥料、コラーゲンからとった旨み、納豆菌から作ったアミノ酸など、20種類以上をブレンドするこだわり様。この肥料は、いちごだけではなく、伊賀いちご園で育てている野菜にも使われています。
肥料は、土に入れて根から吸わせるのが一般的ですが、伊賀さんは葉から吸わせる方法を取り入れています。根からの効果は1〜2カ月先になりますが、葉からの効果は早ければ次の日には出るそう。その代わり、効果が切れるのも早いので、週に一度くらいのペースでまいていきます。
実際に、葉っぱに肥料をかけたものとかけないものを食べ比べると、いちごも野菜も味は全く別物で、その違いに気づくお客さんもいるそう。おいしいものへの勘は外さないという伊賀さんならではの肥料作りです。
震災から5年後、ご両親から本格的にいちご栽培を引き継いだ伊賀さんは、古いハウスの設備を一新し、暖房設備、天井の自動開閉システム、自動潅水システムを導入しました。今、伊賀さんが取り組むのは、「環境制御栽培」です。
「一言で言うと、光合成を最大限に発揮させる栽培方法です。光合成は、太陽光、水、二酸化炭素を使って酸素、糖分、養分、エネルギーを作り出します。
ハウスに差し込む太陽光と暖房でハウス内を光合成しやすい温度まで上げ、自動制御で水と液肥、二酸化炭素を流していちごの光合成を促進させるのですが、これで収穫量が抜群に増えました。また、夕方にはハウスの温度を急激に下げることで、水分量が多く温度が変わりにくい実に養分が流れ、甘みも旨みも増していきます。」
日々、進化を続けている伊賀さんのいちご。美味しさを極め尽くしたと思いきや、伊賀さんの目指すところはもっと高みにありました。
「毎年もうこれでネタ切れだなって思いながら作っているんですが、業者の方の協力もあって、不思議と試してみたいことや新しい課題が見つかるんです。今年も変わらず美味しいと言われるのでは物足りない。今年はまた美味しくなったねと言わせたいんです。」
安心して食べられる旨みのあるいちごの最高峰を目指して、伊賀さんは今日も探求を続けています。一度、その感動を味わってみてください。次年度の最高峰を心待ちにしてしまうはずです。