南相馬市原町区の山あいで、米やきゅうりを栽培する池田富栄さん。
50年以上農業と向き合い続ける姿勢を伺いました。
2017年に立ち上がった株式会社荻 の杜 に所属し、お米を中心に、ブロッコリー、えごま、きゅうりを作っている池田富栄さん。きゅうりは、最盛期には一日に100〜200kgの収穫量があるといいますが、なんと、池田さんはそれをほとんどお一人で作られています。
池田さんのビニールハウスで作られているきゅうりは、3月と8月に定植し、夏と冬に収穫しています。夏に比べて冬の収穫量は下がるといいますが、夏野菜のきゅうりを冬でも収穫できているのはビニールハウスのお陰。
「ビニールハウスの進化によって、今は年中どこの産地でも作られています。換気ができるので温度管理も楽ですし、遮光カーテンになっているハウスは、夏は外より涼しい場合もあります。最近は夏でもハウス内で作っている場合が多く、台風や大雨に左右されずに、安定して作ることができるんです。」
きゅうりにはさまざまな品種がありますが、近年では改良によって病気に強くなり、薬剤撒布は少なくて済むようになっています。しかし、病気に強くなったからといって、収穫量が増えているとは限りません。農業に携わって50年以上、きゅうりも50回以上は作ってきた池田さんは、品種より育て方だといいます。
「きゅうりの苗は接ぎ木をして作るのですが、この接ぎ木には技術が必要です。接ぎ木の状態が悪いと生育も悪くなり、成長が遅れます。若い頃は接ぎ木も自分でやっていましたが、最近はプロの作った苗を買っているので安心して育てられるようになりました。
きゅうりは、育ちが遅いと皮が硬くなってくるので、すくすく大きくなるものの方が美味しいように思います。また、きゅうりはその90パーセントが水分といわれているので、水を絶やさないようにすることも大切です。水が切れて乾燥すると曲がりやすくなります。」
スーパーなどで並ぶきゅうりは、ぴんとまっすぐな形をしていますが、その形を作るには、こんな手間が。
「本来、きゅうりはツル性の作物なので、ぶつかったら形が曲がるんです。しかし、曲がってしまうと箱詰めして出荷ができないので、まっすぐに伸びるように、ツルなどにぶつからないような環境を作ることが大切です。」
今年は、例年12月に入ると吹く西風がまだ吹いておらず、気候変動を感じるという池田さん。きゅうりの育て方や自然の変化を感じ取るセンサーは、長い時間をかけて体得したものであることが伺えます。
「ビニールハウスや機械の性能が上がっても、最後は人の目で見ておかなければいけませんし、作物の成長は、肥料、水分、さまざまな環境が合わさって成り立っています。理屈では正しい方法を教えられても、最後は自己流。自分の土地にあったやり方を経験と共に見つけていくことです。」
東日本大震災以前に勤めていた会社を辞め、本格的にご実家の農業をはじめた池田さん。震災は、その大切な農地にも牙をむきました。
「震災によって地盤がずれてすっかり変わってしまい、ビニールハウスも壊れてしまいました。ここは福島原発から20km圏内なので、震災直後1カ月は避難で、相馬市、飯館村、福島市の飯坂町を転々としました。その後、原町区の家と復興住宅のあった鹿島区を4年間行ったり来たりしながら暮らしていました。
原町区の家には5年目にようやく戻って来られたのですが、農業を軌道に乗せるまでに3〜4年はかかっています。田んぼは一見きれいに見えても、実は引いた水を保つことができなかったり、いろいろと不具合が絶えませんでした。」
ようやく復旧できた田んぼや畑に、今、新たな脅威がやってきているといいます。
「震災前はいなかったサルの被害に頭を悩ませているんです。震災後、人が避難していなくなってから行動範囲を広げているようで、縄張りだと思っている様子。こっちに来てから生まれているサルもいるので、人が怖くないみたいなんですよね。頭が良くて人を見ているし、農作物を食い散らかすから困っています。」
池田さんとサルの攻防は続いていますが、南相馬市としては、捕獲や電気柵など様々な対策を施してバックアップしています。
野菜づくりをはじめて50年以上の池田さん。体で吸収してきた経験と知恵は揺るぎないものですが、これからの課題も痛感しているようです。
「野菜は手間がかかるので、人手がかかります。きゅうりはほぼ一人で作っているので、今後は交代でできる体制が必要だと思います。昔は一家族5〜6人はいたので、誰かに用事があって仕事ができなくても回っていましたが、今はどこも2〜3人。加えてどんどん高齢化が進んでいます。身近に手伝ってくれる人がいれば良いんですが……サルならたくさんいるんだけどなぁ(笑)。」
長引くコロナ禍のあおりを受け、観光客や飲食店の来客は依然と少なく、野菜の消費量が下がっていることも悩みの一つ。「やっぱり、野菜づくりにも売上げという見返りがないとね。コロナ禍以前のように飲食業界が動いて野菜の消費量が上がってほしい。そろそろ旅行や外食の機会がもっと増えてほしいね!」
新年会や歓送迎会など、飲み会の席でも定番、きゅうりを使ったメニューといえば、「もろきゅう」。池田さんも、きゅうりはもろみ味噌をつけてそのまま食べることが多いそう。
「きゅうりを美味しく保存するコツは、乾燥させないようにすること。濡らした新聞紙で包んで冷蔵庫の野菜室にいれておくことで、一週間は保存することができます。乾燥すると悪くなるのが早いので、水分を逃がさないような方法で保存することが大切です。」
ぱりっとみずみずしい食感を楽しめるきゅうり。ご家庭で、飲食店で、池田さんのきゅうりは名脇役として食事の席を潤わせてくれています。