南相馬市鹿島区にある「武田ファーム」で、野菜やお米を作る武田幸彦さん。
農家と売り手の両方を経験してきた武田さん流の農業について伺いました。
武田幸彦さんが営む「武田ファーム」では、年間で20〜30種類もの野菜を生産しています。
「季節ごとにさまざまな野菜を作っていますが、同じ野菜でも複数の品種を植えているものもあります。例えば、キャベツは、春キャベツと平たい形の寒玉(かんだま)の2品種を、かぼちゃは、ホクホクとした食感の栗将軍と栗大将の2品種を植えています。ブロッコリーは、春は3種類、冬は10種類の品種を植えています。」と武田さん。
素人目からすると、スーパーに並ぶブロッコリーは全部同じに見えますがと武田さんに伝えると……。
「ブロッコリーの品種は約100種類あり、年々改良されて新しい品種が出てきます。大きな違いは、蕾(つぼみ)のきめ細やかさ。蕾が大きいものと小さいものとでは食感が変わってきます。見た目も、よく見ると茎の太さや色、丸いものや平べったいものなど様々なんですよ。」と教えてくれました。
南相馬市では、ブロッコリーの生産量が全国の中でも上位にランクインしています。そして、意外と知られていないのが、ブロッコリーは寒さを好むということ。
「ブロッコリーは0度保管が理想。直売所だと常温で販売されるので、収穫後に一度冷やして粗熱(あらねつ)をとってあげたほうが日持ちします。」と武田さん。
南相馬市のJAでは、ブロッコリーの鮮度を保つため、出荷前にあるひと手間をかけています。それが「ブロッコリーの氷詰め」。出荷を担当する「JAふくしま未来」の安達さんに、実際に氷詰め作業を見せていただきました。
安達さんは、出荷用の発泡スチロールにブロッコリーを詰めると、上から氷をたっぷりとかけて手でならしていきます。一日約1,000箱をすべて手作業で行っているというので驚きです。そして、この氷にもこだわりがありました。
「氷詰め用の氷は、専用の製氷機で薄く平たい形に製氷しています。この形状にすることで箱に詰めたブロッコリーの隙間に収まりやすく、溶けにくいんです。」
ブロッコリーの氷詰めは新鮮な状態で出荷できる一方で、それだけコストもかかります。また、販売店の売り場では常温で売られている場合が多いのが現状。
「販売店でも冷やすことで鮮度が保たれることは理解していただいていて、売り場に出す直前まで冷やしておいてくれたり、夏場の暑い時期には発泡スチロールのまま出してくれたりと工夫していただいています。
農家の皆さんには、大きさや形が揃ったブロッコリーを作っていただくことで、箱の規格にも収まりやすく、結果、コストを下げることになります。そのためにJAとしては、虫や病気の予防のために畑を周り、お声がけしながらサポートしています。」
南相馬のブロッコリーの鮮度は、生産者・JA・売り場の三者がサポートし合うことで保たれています。
南相馬市に生まれた武田さんは、ご実家が農家ということもあり、神奈川県の農業系の大学に進学した後、アメリカでの13ヶ月間の農業研修プログラムに参加しました。
「研修先は、ワシントン州のシアトルから東へ3時間移動した、雨が降らない乾燥地帯。有機農法で果樹と野菜を育てる農家に配属されました。当たり前ですが、雇い主からは英語で指示が来ます。厳しかったですね。最初は本当に分からなかったけれど、最後の方は怒られても『何を言ってるんだろう?』って分からないふりをすることもありました(笑)。徐々に仕事もできるようになって信頼関係ができると仲良くなれましたね。」
アメリカで体験した農業は、日本の農業と大きな違いがあるという武田さん。
「まず、水が違いますね。向こうは雨が降らないので、雪解け水を買って灌水(かんすい)チューブで水やりをするんです。日本は雨が降るので水には恵まれていますが、その分、虫や病気のリスクがあり、コントロールができない難しさがあります。」
作った果物や野菜は、週末のファーマーズマーケットで直接お客様に売る経験も大きかったそう。
「有機で作っているからこそ、価値を直接伝える大切さを実感しました。直接価値を伝えるからこそ、普通よりちょっと高くても買ってくれるんです。」
武田さんが研修を終えて帰国したのは、東日本大震災直後。アメリカの農業の現場と消費者を見てきた武田さんは、今度は売る側を学びたいと、群馬県の流通会社に就職します。
「お客さんから注文を受け、生産者に発注する農協に近い仕事でした。生産者が販売する値段を決め、僕ら流通側は手数料をいただきます。生産者からしても収益が読めるメリットがあります。
流通の仕事はパソコンと電話があればできたので、群馬県と南相馬市を行き来していた時期もありました。トラクターに乗りながら電話をしていたこともあります。」
農家と売り手の二刀流を経て、5年間勤めた流通の会社を退職した武田さんは、本格的に南相馬市に拠点を据えます。
「アメリカで農作業は体験しましたが、自分で種を買って作物を作ったわけではなかったので、知っているつもりで知らないことも多くありました。初めの年はお米と麦から、冬からブロッコリーの栽培を本格的にスタートしました。」
武田ファームが作っているお米「天のつぶ」は、東京都内を回る移動キッチンカー「オッタントットダイナー」のお弁当のごはんにも使われています。
オッタントットダイナーをはじめたのは、武田さんが勤めていた流通会社の元社員の方。お弁当に使うお米を探していて、武田ファームに声がかかりました。
「イタリアンのおかずとごはんを合わせたお弁当を、オフィス街を回って販売されています。ソース系のお肉料理やキッシュなどが入ってボリューム満点。お米は玄米より食べやすく栄養価も高い五分付きで精米し、必要な分を送っています。お弁当はコロナ禍でも人気が高く、美味しくお米を食べていただけています。」
武田ファームとして農業をはじめて7年目の武田さん。今、どのように農業と向き合っているのでしょうか。
「アメリカで体験した有機農業は、日本の気候では難しく、マーケットが限られます。しかも、南相馬市では未だに風評被害があり、いくら有機で作っていても、その前にハードルがあるのが現状です。慣行農業も有機農業も、野菜の栄養面ではどちらも同じ。まずは、それぞれの良いところをミックスしながら作っていきたいと考えています。」
しっかりと検査をして安全性を確認されていても、今もなお拭いきれない風評被害。生産者であり、流通の現場も見てきた武田さんはその現状を冷静に見ています。
「市場では、春に関東産の野菜が店頭に出回った後、夏に北海道産の野菜が多く並びます。福島県は、この春と夏の間の時期に野菜を出荷することができるエリアなので、その時期を狙って生産量を上げれば、お客さんに買っていただけて、美味しさを届けられると考えています。」
若くして農業を担う頼もしさに感心していると、意外にも淡々とした言葉が返ってきました。
「子どもの頃から、農業を普通の仕事としてやりたいと思っていました。畑で作業していると、『若いのにすごいね、頑張ってね』と言っていただけることが多いのですが、自分にとっては普通のことなんですよね。結構自由にできるし、サラリーマンとして働くより自分に合っていると思います。」
南相馬市の地の利を生かし、できることから着々と展開する武田ファーム。
若い力が生み出すさまざまな野菜をどうぞ召し上がってみてください。